こうして、預言の言葉は、わたしたちにいっそう確実なものになった。あなたがたも、それに目をとめているがよい。 第二ペテロ1・19
わたしたちは、あらゆる反対にもかかわらず、慰めの約束を持っております。ですから、わたしたちが(キリスト者として)語り、なし、苦しむことは、真理であり、真理のみ霊から来ているのです。反対に、この預言のことばに反して、なし、語り、のべ伝え、とりあげることは、なんであっても、神の前にいつわりであり、虚偽に満ちております。たとえ、表面はどれほど正しそうに見え、どれほど、自分は純粋の真理、最高のきよさ、霊的なものであると主張し、また、全世界が全力をあげてそれに味方し支持し、反対にわたしたちを冷酷にののしり攻撃しても、実際はそうなのです。それはわたしたちの福音と行為は、わたしたちに基礎をおいておらず、また、わたしたちのためのものでもないからです。あらゆるものはこの主キリストのためにあり、このキリストからわたしたちはすべてを受け、このキリストのために、わたしたちはのべ伝え、生き、苦しんでいるのです。ですから、すべてのものはキリストのためにあります。このキリストにわたしたちはすべての思いわずらいをゆだねますが、キリストはこれらすべてを成就すると約束しておられ、必要ないっさいの霊と勇気を与えると約束してくださっているのです。そして、キリストがキリスト者を通してなさることは、純粋で、たしかな真理であります。
ヨハネ福音書14−15章の講解