あなたがたは、選ばれた種族、祭司の国、聖なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語り伝えるためである。 第一ペテロ2・9
キリスト者には、このようにこのみことばの約束が成就します。すなわち信仰によってあらゆるものよりも高くせられ、霊的に万物の支配者となるのです。なにものも救いを妨げることはできず、万物はキリスト者に服従し、彼を救いへ導く助けとなります。しかしそれは、わたしたちがこの世のならわしにしたがって万物の所有者となり、それらを用いるようになるということではありません。なぜなら、肉によればわたしたちは皆死ぬよりほかはなく、だれも死をのがれることはできないからです。キリストや聖徒の場合と同じように、わたしたちも多くの悩み苦しみにあうのです。ですから、わたしたちの支配は霊的支配であり、それは地上にあって悩みの中にある時も、わたしたちのうちを支配しているものです。このことは、わたしが、あらゆるものを、魂をきよめ、引き上げるために用いることができるという意味なのです。たとえ、苦しみや死であっても、わたしの救いのための益となります。これは実におどろくべき真理であって、それがきよいものであれ悪いものであれ、わたしの益にならないものは、なにひとつないのです。ただわたしが信仰をもち、他のなにものにもたよらず、信仰のみをもって十分としているならば、すべては益となるのです。このようにすばらしい自由と力をキリスト者はもっています。
さらに、わたしたちは、王よりもすばらしい祭司とされます。祭司はわたしたちを神の前に立たせ、他の人たちのために祈るにふさわしいものにすることができるからです。祭司だけが神の前に立つことができるのです。
このように考えてくるとき、キリスト者に与えられるほまれと栄光はあまりにもすばらしくて、考えつくすことができません。
キリスト者の自由